俺の言うことは信じるな こばやしぺれこ
バイト中俺の眼の前に現れたのは。
「俺?!」
「そう、俺だ」
全く同じバイトの制服、つまり警備員姿の俺だった。
「なんで俺が俺の前に?!」
「まあ落ち着け、俺よ」
眼の前の俺は手に持っていた何某かの機械をポケットにしまうと、俺に向かって指を突きつけた。
「いいか俺よ、俺は未来から来た俺だ」
「おお、意味わからんけどえすえふっぽい」
「茶化すな。いいか、今からすぐ後、お前は『休憩していいぞ』と言われこの場を離れることになるだろう。
だがそこで一度休憩を断れ。『先輩タバコ吸ってきていいですよ。いつもタバコ吸いてーってイラついてるじゃないですか』とかなんとか言ってな」
「すげえ具体的。テレビのドッキリぽさはあるけど個人のいたずらでないことは確かぽそう」
「だから茶化すな」
眼の前の俺はポケットから引っ張り出したスマホで時刻を確認する。
「そろそろだな。しっかりやれよ。俺の未来がかかってる」
「ちょ、後で未来の俺がどうなってんのか教えてくれよ」
まだ同じバイトの制服を着ているのだから、そこまで遠い未来ではないのかもしれないけれど、気になることは気になる。
わかったわかった、と面倒くさそうに(面倒くさがりなとこもまったく俺とおんなじだ)手を振った俺は、ちょうど車の途切れた道路を渡っていった。
あ、そこは不思議な機械で消えたりしないんだ。
「おう、おつかれ。休憩行っていいぞ」
そうこうしている間に先輩が現れた。
「あ、先輩」
ふと、ここで『俺』の言うことに逆らったらどうなるのだろう、と頭によぎった。どのくらい先かはわからないが、ともかく未来から『俺』が来るぐらい、俺は今この時点を変えたがっている。そんな大層なことがこの後起こる。今ここで休憩を取った俺には、一体どんな未来が待っているのか。
「……タバコ、吸ってきていいッスよ。どうせ五分くらいッスよね」
「お、まじか。悪いね」
わざわざ妙な機械を使ってやってくるくらい悪い未来ならば、見に行く必要もあるまい。未来の『俺』に直接聞いてみれば良い。
小走りに喫煙スペースへと向かう先輩を見送る。平日昼下がりの街は穏やかだ。道路に車は途切れず、騒がしくはあるがなんというか『何時も通り』だ。
だが俺は今、俺の未来を変えた。
さて、一体何が起こるのだろうか。
「億万長者になれたりして」
ふふ、と笑う。
瞬間、凄まじい衝撃に俺は突き飛ばされた。
身体が宙に浮いている。景色が目まぐるしく回る。
腹の底がぞっとする、浮遊感。
それは一瞬だった。再びの衝撃。コンクリートの地面に身体が叩きつけられる。
視界がぶれる。
耳がきんと鳴る。
何やってんだ、と誰かが叫んでいる。これは多分、現場監督の声だ。
大丈夫か、と誰かが言っている。これはついさっき話した、先輩の声だ。
痛い、というよりも全身がしびれているようだった。手足の先の感覚が薄い。頭がぐわんぐわんと揺れている。視界がぼやける。
誰かが俺を仰向けにした。大丈夫か、返事しろ、とあちこちから声が降る。
俺はそのどれにも答えられない。喉になにかが詰まったように、息が止まっている。
空はあまりにも青かった。その端に、トラックの荷台が見える。
ああ、バックで突っ込まれたんだ。この間も、先輩が轢かれかけてたっけ。
だから運転手変えろって言ったのに。
「悪いな、俺」
俺が俺を覗き込んでいる。その体は、なぜか青みがかっている。
「死ぬチャンスは今日しかなかったんだ。来週俺は、タチの悪い商売に手を出して、来月には死にたくなるほどの借金を抱えている」
青くなってるんじゃない。透けているんだ。それで空の青が見えている。
「じゃあな。俺」
俺はもう、ほとんど空の青と見分けがつかないくらい薄れている。
ああ、そうだ。俺は自殺なんてできないくらい臆病な男だ。
それでも死にたくなったらどうするか。一度考えたことがある。
首吊りも入水も服毒も無理だ。それなら。
事故のついでに死ぬしかない。
やっぱり俺は俺なんだな。
眠い。死にそうなくらい、眠い。
俺は睡魔に身を任せ、目を閉じる。
こばやしぺれこ
作家になりたいインコ好き。褒められると伸びます。縦に
私は入水ですかねぇ